試練の中にも「幸福」を見出せるようになったニャ!





試練の中にも「幸福」を見出せるようになったニャ!

— メイにゃん —
またまた、久しぶりの更新で~す!

— グミにゃん —
ねこ茶は、今度は運行管理者試験に挑戦するんだよね!

— 福にゃん —
上司からは、総務課への移動も検討するように言われたにゃ!

— ねこ茶 —
一年前に全く自信なくタクシー運転手になることを挑んで、そんなに時間も経っていないのに次々と状況が変化し、周りの要望が増えてしまい、しばらくはじっくりとブログに取り組む時間が取れそうにないのじゃ。ただし、勉強のほかに、キチンと左手での絵の練習も続けておるぞ。

ワシは、最近のほんの1年間で想像できない程、人生が変化しただけでなく、不幸と思えたこと、過去に諦めたことさえ、自分の決意次第で将来の糧となることを知ったのう。

たとえば、ワシは幼児の時には左利きだったのじゃが、祖父に強引に右手に矯正されたため、物心ついて絵を描くようになってからも右手でしか描けなかった。趣味として描くレベルであれば、それでも問題なかったのじゃが、プロを目指して漫画家のアシスタントをやるようになり、右手では上達の限界がある…と感じたのじゃ。

そして、30歳を目の前にして本来の利き手である左手の訓練を始めた。その時の心境は、同じような経験をした者しか理解できんじゃろう。例えるならば、甲子園の試合を目の前にして、利き手の変更を行うようなものじゃ。周囲の理解など得られず、自分でも確信を持てず、ただの「現実逃避」だと言われながらの挑戦じゃった。

人生の折り返し地点を目の前にして、プロレベル基準での利き手の変更は上手くいかず、何度も私を絶望させ、何度も諦めたのじゃ。じゃが、諦めても諦めても、「描きたい」という欲求に逆らえずに、手を動かす練習を繰り返し、20年近くも費やして、ようやく絵が描けるようになってきたのじゃ。

左手が使えるようになってくると、むしろ今まで「よく右手で描けていたな・・・」と感じる程、右手で描くのは難しく、形を上手く捉えたり、模写にも時間がかかることがわかったのじゃ。考えてみれば、ワシは右手では歯磨き、食事(箸)、髭剃りなど一切できないのじゃ。つまり、昔のワシは不器用な右手で必死に絵を描いていたのじゃ。

誰にも理解されない挑戦で、自分でも確信を持てないまま左手の訓練を続けてきたが、やっと実を結んだのじゃ。今からプロを目指すのは絶望的なのじゃが、少なくとも自分の覚悟と挑戦に意味があったことが分かって救われたのう。

そして、自分の満足のいくレベルの絵を目指して、今後も練習、作品作りを続けるつもりじゃ。運行管理者の試験が終わるまでは、練習のみになるかもしれんがのう。

じゃが、幸い今の職場は、私が副業としてイラストレーターを目指すことに同意してくれているので、会社の期待に応えつつも、自分の夢も追うつもりじゃ。

ワシの左手の話などは、世間的な価値観であれば、「ただの不幸話」で終わる話じゃが、「シルバーバーチの霊訓」によって、生きることの意味を知った後は、そんな試練や不幸の中にも「希望や幸福」を見出せるようになった。霊訓をキチンと理解するまで、何度も読み返す必要があったがのう…。

ほとんどの人は、100年前に多くの高級霊が出現し、その皆が「ほとんど同じ霊訓、摂理」を説いたことを知らない。当時は、テーブルの浮遊現象など、メディアも大きく取り上げたことすら、今ではなかったことにようになっておる。極めつけは「シャーロックホームズ」の著者で有名なコナン・ドイルが医者というだけでなく心霊研究家でもあり、シルバーバーチなどの様々な高級霊と面会し、霊訓の真実性を確信し、多くの講演会に参加し、書籍にも残しているのに世間の人は知らない。

ワシにはメディアは、意図的に高級霊が語った「霊訓」を隠ぺいしているとしか思えんのじゃ。

まあ、何が正しいかは、この世を離れる時に分かることなので、ムキになる必要はないのじゃが、ワシは「霊訓」に触れたおかげで、生きる上での視点を高く置くことが出来るようになった。世間の多くの人が「不幸」と感じることを「不幸だ!」とは感じなくなった。結果、「幸福」で心が満たされることが増えた。

多くの高級霊が言うように「霊訓」は、魂に準備が整っていなけれが理解できないとされておるが、出来るだけ日常の視点で役に立つように記事にできれば…と考えておる。

まあ、気長にお待ち願いたい。

— メイにゃん —
ちなみに私は、黒猫(アズにゃん)と喧嘩しながら、毎日餌をねだってまーす。